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海ノ溝洞

深い渓谷を成す川浦谷流域において一際異質なゴルジュを持つという海ノ溝洞。
地形図に描かれた激しいゴルジュ記号を見るだけでも、この谷が普通でないことが分かる。果たして実際の渓相はどうなっているのだろうか・・。
単独で暗いゴルジュへ向かう前は、それなりに気持ちを高めて行かなければならない。多大な好奇心に突き動かされ、この谷の遡行へとついに乗り出す。

 

海ノ溝洞へ通じる林道は現在通行止めで、旧林道をショートカットするように新しい橋とトンネルができている。少し手前の駐車スペースに車を置き、通行止めの柵を越えて5分ほどで海ノ溝洞入り口の橋へと到着する。
橋の脇から本流側の踏跡を辿り、スラブを5mほどクライムダウンして海ノ溝洞出合へと降り立つ。

スタート地点で既に強烈なゴルジュの様相。谷は暗く不気味な雰囲気に包まれている。谷間に差し込む僅かな光が、奇妙に磨かれたオレンジ色の岩肌を照らし出す。
怪しくも神秘的、まさに体内や海溝といった特殊な空間を連想させるような場所であった。
水は透明度の高い鮮やかなブルーで、驚くほどに美しい。
入った瞬間誰もがこの谷を特別なものだと感じるだろう。
さあ海溝潜りの始まりである。

最初の1m滝は右からへつりで突破。続くは10mの瀞を持つ1mCS滝。橋の上からも見える滝で左から簡単に巻けそうだが、ここは是非泳ぎで突破したい。
最近余り雨が降らなかったせいか水量はそれほどでもない。ザックをロープにつないで残置し、空身で挑戦する。

左を泳いでスタートし、一旦水際のバンドへ上がり様子を窺う。右へ泳ぎ渡り、溝を上がるのが楽そうである。意を決して再度水に入る。
泳ぎ渡るために左をヤツメで進むが、CS左脇がフレーク状になっていて、そのままレイバックで上がることができた。
水に浸かったままボルダリングをしているようで楽しい。ボルダーグレードで言えば体感5級位か。岩の上でロープを引っ張り、ザックを回収。
今回はこのスタイルが多くなりそうである。幸い気温が高く水はそれ程冷たくない。

続く1m滝は左をへつり、さらに1m滝を越えると、激しく水を落とす2mCS滝が現れる。左から簡単に越えられるが、右壁のトラバースが面白そう。
せっかくなので左からザックを先に上げて、空身で右壁に挑戦。横長の溝に入り込んでスタートする。水流に磨かれたホールドはヌメリ成分が付着し、信用のおけるフリクションは得られない。
手順足順を考え、ヌメったホールドを如何に利かせるかがポイントである。ヌメリを抑えて核心を通過、最後は流れの中に足を突っ張って上がる。
微妙な重心移動のムーブがあり、かなり楽しい。激流に落ちたくない恐怖感もちょっとしたスパイスである。
ボルダーグレードで体感4級。前滝に続きウォーターボルダリングをやっているような気分なので、今回は主要な滝の登攀グレードをボルダリングでグレーディングしてみることにする。

0.5mの滝を左のバンドから越えると、長い瀞を持つ2m滝。その奥にはツルリとした白い岩が暗いゴルジュに浮き上がっている。 突然場に見合わない物体が現れたので、一気に現実離れした世界に引き込まれる。
ここもザックを降ろし、空身で取り付く。左を泳ぎ爆心を右へ渡ってから凹部を登る。 爆心を通過するのが少し怖いが、意外と楽に泳ぎ渡れた。渡ってしまえば後は簡単。
続く1m滝は右を泳いで通過。正面に高い垂壁を見て谷は左へ屈曲する。

すぐに現れる1m滝を左のバンドから越えると、白い大岩2つに遮られた。釜に浸かって岩の間から突破する。
ここで一旦右岸の側壁が低くなり、すぐに藪に入れそうな場所に出た。増水などの非常時にエスケープルートとして使えそうである。
先ではまた長い瀞を持つ2m滝。左を泳いでバンドに上がる。一旦谷は明るく開け、右は支沢滝、左は広い釜を持った3m滝となる。
ここまでレストをしていなかったので、1時間ほど釣りを楽しむことにする。大物が居そうな広い釜では残念ながら当たり無し。しかし瀬の部分で良型アマゴをゲットした。
沢で釣りをするのは久しぶりでついつい時間を忘れがちになるが、先にはまだまだゴルジュが待っている。
適当な頃に切り上げて遡行モードに復帰。

改めて先の滝をルートファインディングする。左は不可。
右は一部ハングしているが、ガバホールドがあるので何とか行けそうである。空身で挑戦。
ヌメヌメのトラバースでガバに達し、ハング部分に突入。ここからスタンスが無くなり、先の棚まで一気に足を送らなくてはならない。右手ガバ、左手カチで、思い切って足を投げ出す。
1回目は滑って失敗。足ブラになりながら戻った反動で2回目を投げ出す。足袋のフリクションを最大限に利かせ、スタンスを捉えることができた。後は重心移動で滝身に取り付き、シャワークライムで完登。
沢でこんなムーブをしたのは初めてだったが、これもまたボルダリングのようで楽しかった。ボルダーグレード体感3級。

次の1m滝は泳いでも行けそうだが、水に浸かるのに疲れてきたので右のバンドから越える。バンドに上がるワンムーブが、ガバだけど足がないので力がいる。ボルダーグレード体感6級。

瀞を2つ越えると突如前方が暗くなった。明らかに今までとは違う空気が流れ、この先に何か得体の知れない存在があることを感じさせる。
重い足を踏み出し暗闇へと向かう。進むにつれて徐々に目が慣れ、ついにそれが姿を現した。
気味が悪いほど磨かれた幅1.5m程のゴルジュに挟まる黒い物体・・。その下からは地獄の釜のように白泡が沸き立ち、深い青に吸い込まれていく。
目を疑いたくなる程の奇妙な光景を目の当たりにして、一瞬異空間に迷い込んでしまったのかと錯覚する。

よく見れば、その正体はチョックストーン。それはちょうど水面部分に位置するため水の流れが止まり、下から泡が噴き出しているように見えるのである。
しかし何故こんな所にこんな岩が・・。

まさに異形とも言えるこの岩が醸し出す空間は、何とも不気味で怖ろしさすら感じさせる。
しかし同時に自然の造形の巧妙さ、美しさに大きな感銘を受けずにはいられない。
ゴルジュという隔壁に閉ざされた世界に存在し、一部の人間しか見ることを許されない特別な光景・・。それに出会うために私は沢を続けているのかもしれない。

そんな感動はさておき、実際これを越えるのは厳しそうである。この3mCSの右側には流木がつまり、上部には残置スリングがぶら下がっている。 ラインは一目瞭然、というかそこ以外に可能性は無い。
先人の足跡を辿るべく、空身で不気味な釜を泳いで行く。今まで全てフリーで越えてきたので、ここもできればフリーで越えたい。

岩の隙間に入り込み、ツルツルの岩肌に弾かれないようにオフィズス登攀で奮闘する。掛かりのいいホールドは皆無で、完全にスローパー地獄である。
バランスを取りながらじりじり上がるが、途中でライジャケがスタック。身動きが取れなくなる。粘りに粘ったがどうすることもできず、完全なフリーは諦めて流木に足を置く。

体勢を立て直し再度トライするが、やはりうまく上がれない。そうこうしている内に突然足場の流木が抜け、危うく落ちかける。心拍数が一気に上昇。落ちても振り出しに戻るだけだが、やはり地獄の釜には落ちたくない。
全身全霊の力で踏ん張って耐えたがどうにもならず、結局最後は残置スリングのお世話になる。フリー失敗。
ライジャケが無ければ行けそうだが、落ちた時に怖いので人工登攀に切り替える。

とは言っても残置自体が流木に引っ掛けただけのもので非常に不安定。完全に体重を預けるには心もとない。
流木の位置をずらし、確実にスタックする状態にしてから、アブミ用にスリングを一本追加。
ワンポイントの人工登攀と体全身のフリクションを駆使して何とか這い上がる。不安定な状態で長時間張り付いていたため、一気に体力を消耗した。

CSの上から裏を覗くと、真下はトイ状の2m滝が流れ込み、激しく渦巻いた釜になっている。もし落ちたら滝を登るか、CSの下を潜って振り出しに戻るしかない。
とは言えどちらもできる保障はないので、基本的には落ちることはNG。前も後ろも遮られ、残された逃げ道は側壁のみである。
幸い右壁に立てかかっていた倒木を足場にして、上部のバンドに上がることができた。倒木からの一歩がヌメっていやらしかったが、もしこれが無ければフリーで突破するのは厳しかっただろう。

まだまだ気は抜けず、先にも難しそうな2m滝が長い瀞を携えている。 ちょうどこの滝の右側にも倒木があり、そこに辿り着ければ何とかなりそうである。しかし今までよりだいぶ流れが速い。
右に流心が来ているので、ある程度左を泳いだ後にピンポイントで右に渡るしかない。おそらく今回一番の泳ぎを強いられるだろう。

気合を入れて空身でスタート。左側をヤツメで泳いでいくが、早い流れに押され気味。途中で苦し紛れに左壁に張り付くが、ふと上を見上げると意外にホールドが続いていることに気付く。
5mほど上部のバンドに上がれば、トラバースして滝上に出られそうである。泳ぎ疲れたこともあり、急遽ライン変更。

絶妙な位置にある水平クラックアンダーで、右上のホールドに手を伸ばす。 ヌメるカチホールドで耐えて高い位置にハイステップ。バランシーで悪い。
落ちても大丈夫な高さだが気分的には結構怖く、ギアをたくさん身に着けていたこともあって難しく感じた。ボルダーグレードで体感2級。

この先で谷は左曲。右には支沢滝が落ち、傾斜の緩い斜面はエスケープに使えそうである。
1m滝を右から越えるとついにゴルジュは終焉を迎え、闇の世界から光の世界へと開放される。

いくつかの瀞を越えるとあとは平凡な河原となった。それでも、谷幅一杯に引っ掛かった倒木やゴリラの横顔にそっくりな岩があったりして見所は尽きない。

適当な所で左岸の支沢を上がり、アブの猛襲と蜘蛛の巣地獄に不快指数を高めながら林道に出る。
林道に出たと言っても油断はできない。奴等(アブ)の攻撃は執拗で、いつまでも付きまとってくる。誰もいないことをいいことに、一人小躍りしながら帰路に着くのであった。

ゴルジュ入口
≪ ゴルジュ入口 ≫
いきなりの迫力。
どこか神秘的な空間
≪どこか神秘的な空間 ≫
側壁は切り立ち怪しく光る。
2mCS滝
≪ 2mCS滝 ≫
ツルツルに磨かれた右壁をトラバース。
入り組んだ渓相
≪ 入り組んだ渓相 ≫
まさに岩の要塞。
長い瀞を持つ2m滝
≪ 長い瀞を持つ2m滝 ≫
広大な側壁が圧巻。
2m滝上から
≪ 2m滝上から ≫
瀑流を上がってザックを引き上げる。
黒い壁と白い岩
≪ 黒い壁と白い岩 ≫
暗い世界にこの白さが逆に不気味。
不思議な沢だ。
巨大な壁に遮られる
≪ 巨大な壁に遮られる ≫
突然壁が現れ驚くが、谷は左に屈曲している。
異形なるもの
≪ 異形なるもの ≫
この谷の最狭部に挟まる3mCS。
まるで異空間に迷い込んだかのよう。
3mCS上から裏を覗く
≪ 3mCS上から裏を覗く ≫
トイ状2m滝の釜が荒れ狂う。
こんな所に絶対落ちたくない。
2m滝の側壁
≪ 2m滝の側壁 ≫
滑らかに浸食されている。
2m滝
≪ 2m滝 ≫
右壁の迫り出しが威圧感抜群。
水の青さと陰影が美しい。
2m滝上から見下ろす
≪ 2m滝上から見下ろす ≫
激流を泳ぎ右岸の壁を登った。
やってみると意外とできるものだ。
ゴリラ岩
≪ ゴリラ岩 ≫
上流側から見た図。
ゴリラの横顔にそっくり。
遡行図
≪ 遡行図 ≫
画像をクリックするとPDFで開きます。

【 遡行データ 】

  • 対象 : 奥美濃 川浦谷 「海ノ溝洞」
  • 行程 : 「海ノ溝洞」遡行~林道で下山
  • 日程 : 2007/8/27 日帰り
  • 形態 : 単独
  • ギア : 三道具(未使用)、スリング、7mm30mロープ(荷揚げのみ使用)、ライフジャケット
  • コースタイム :
  • 8/27  駐車場(8:50)-出合の橋(8:55)-入渓点(9:05~9:15)-広い釜の3m滝(10:50~12:10)-ゴルジュ出口(13:45)-駐車場(15:20)

 

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