吾妻3名渓といえば、中津川、松川、塩ノ川があげられるだろう。まずは、3つの中で比較的泳ぎの多い塩ノ川を、遡行対象とした。
仁田沼の駐車場から分かりにくい登山道を歩き、ツバクロ滝の上から入渓。予想以上に水量が多く、沢のスケールを感じさせる。ツバクロ滝は上から覗くと20m程で、左岸から登れそうだ。
20分程ゴーロを歩くとゴルジュとなり、最初の滝は巨岩の奥に位置している。
多段15m。下段の6mは右壁の凹角が弱点。念のためロープを使用するが、思いの他ホールドがあり、あっさりと中段に出る。
ここから激流を渡り、対岸のクラックを登る。と行きたい所だが、水量が多く、まず渡渉が厳しい。もし渡れたとしても登攀中に落ちれば、流れに引き込まれ、下の滝に宙吊りになるだろう。
単独ではリスクが高いため、別の選択肢として右の縦クラックをエイドで登ることにする。
3m上にテラスがあり、その上にもさらに5mほどクラックが続いている。ホールドは皆無で完全にエイドで行くしかない。まずは中間テラスに上がることを考える。
左右に2本クラックが走っており、どちらでも行けそうだ。右には錆び付いた残置ハーケンが1本あるが、一見楽そうな左のクラックラインを攻めることにする。
リスが細く、ナイフブレードが良いが、下部で使用済みのため持ち合わせがない。仕方なく長いクロモリで浅打ちし、アブミを掛ける。
3本目を打ち、いざテラスに上がろうとした瞬間、2本目のハーケンが抜けて1.5mグランドフォール。
足から着地したので問題はなかったが、スリングを掴んでいた指がしばらく痺れていた。
この一件ですっかりハーケンの効きを信じられなくなり、慎重になる。縁起の悪い左ラインから右ラインに変更。
今度は確実にハーケンを打って、エイドでテラスに上がる。
そのまま上のクラックに突入するつもりでいたが、右へトラバースした方が楽そうだ。
案の定、ワンポイントのアブミトラバースで容易に岩の上に回り込めた。そのまま落ち口までトラバース。
ホッとするのも束の間、単独なので面倒な登り返しが待っている。結局、全て回収を終えた頃には1時間以上が経過していた。
所々で現れる滝は大小問わず深く大きな釜を持ち、青白い水が神秘的。10m×15mのナメ滝を右岸から小さく巻くと、プールのような釜を携えた10m滝が現れる。
過去に遭難死者も出ている滝で、釜の流れは速く、見るからに厳しそうだ。直登するには、釜の途中から左壁に取り付くしかなく、いよいよ本格的な泳ぎの場面となる。
水勢が強いので空身で挑戦。ヤツメで滝手前の凹角からテラスに上がり、一旦ザックを引き上げる。そのまま滝の直登に入るが、苔むしたブランクセクションがいやらしい。
ザックを背負っていては厳しく、再び空身となる。
上部のホールドらしき窪みへ目一杯手を伸ばし、何度かのトライでようやくホールドを捉えた。その後は思ったよりガバが続き、見た目ほどの悪さもなく上部へ抜ける。
こんな大きな釜があるのに死者が出たことを不思議に思い、登っている途中で下の様子を観察してみる。するとその原因をすぐに知ることができた。
この滝は斜滝なので、落ちたらまず下の岩に激突する確率が高く、万一打ち所が悪ければ即死の可能性も十分あり得る。仮に意識を失っただけで済んでも、深い釜に吸い込まれれば、やはり死の危険は免れないだろう。
滝の水勢は強く、少しバランスを崩しただけでも流れに足を取られかねない。水流中のスタンスを使う際には、特に注意が必要である。
一見傾斜があり、釜も大きいので、「落ちても大丈夫」という安心感があるが、あくまでそれは見た目だけ。
実際には自然のまやかしとも言える、見えない危険が潜んでいる。
それを知った上での登攀は緊張したが、その分この沢で最も印象に残る滝となったのは間違いない。少し大げさかもしれないが、この滝の処理次第で沢の印象は大きく左右されるだろう。
小滝群&巨岩帯を越えると、ハングしたクラゲ滝20mに阻まれる。直登は不可。右岸から巻く。
降りた先の15m滝もやはり登れず、再び右岸から巻く。
深く美しい釜を持つ小滝が続き、リッジの張り出した10m滝となる。左壁をへつって直登。
垂直の壁に囲まれた10m滝は、釜から溢れ出すコバルトブルーが美しい。釜の美しさでは今回ナンバー1の滝であろう。右岸から巻く。
完璧な姿で落ちる銚子滝20mは、右壁をエイドで登れそうだが、時間が押しているので巻くことにする。
一般的には左岸を大きく巻くようだが、明らかに楽そうな右岸巻きを試してみたところ、わずか10分程度で容易に巻くことができた。
ようやくゴルジュから抜け出し、長いゴーロ歩きが始まる。
15m涸滝の釜を最後に水の流れは忽然と消えた。
静寂に包まれた釜には緑の藻が繁殖し、独自の生態系を作っている。
ハングした滝を登る術はなく、右岸から巻く。次の20m涸滝も右岸巻き。
水のないナメが続き、静かな沢筋を淡々と進んでいく。
壁のように沢を塞ぐ多段40m涸滝は、右壁を直登。3mCS滝を強引に這い上がると、谷は開け、源流部の様相となった。
仁田沼へと続く登山道が横切り、遡行を終了する。
あとは「登山道でのんびり下山」というのが通常の流れだが、吾妻の登山道は一筋縄ではいかなかった。
最初のうちはヤブが駆り払われていていたが、ほどなくヤブ漕ぎ同然の道となり、辛うじて足元に踏跡を垣間見れる程度となる。
一度踏跡を見失ったら遭難の危険があり、油断はできない。
吾妻連峰は地形の変化の緩い山域のため、登山道が自然に返ると、現在地を特定する目安がなくなる。事前に道の状況を良く調べておいた方が無難であろう。
18時に駐車場に帰着。6時に出発したのでジャスト12時間行動。前日23時まで働いた後に車で移動し、睡眠1時間足らずという無茶なプランであったが、無理を押して来た甲斐のある素晴らしい沢であった。
後半のゴーロ歩きの長さに若干うんざりさせられたが、下半部のゴルジュ帯は息も付かせぬ滝の連続で、ゴルジュ遡行を充分堪能できた。
吾妻の名渓残り2本も大いに期待したいところである。
左上へと滝は続く。
対岸にクラックが見えているが
水流が強すぎて渡る気がしない。
苦戦を強いられた。
不思議な色だ。
右岸から小さく巻く。
ヤツメで泳いで左壁に取り付く。
中上部の一手がいやらしい。
足を取られかねない勢いに
緊張感も増す。
青白い水と緑の苔の
コントラストが美しい。
どっしりと構えた滝。
右岸から巻く。
左壁をへつって直登。
コバルトブルーの釜から滑らかに
溢れ出る水にしばし心を奪われた。
直瀑の代表格。
綺麗な柱状節理が広がる。
グリーンに支配された世界。
ボルダリングに使える?
吾妻らしいほのぼのとした源頭だ。
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