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大常木谷

今年は天気に恵まれず、7月中はほとんど雨であった。天気の合間を見て、多少の雨でも大丈夫そうな大常木谷に行くことにする。林道から沢への下降路は2つあるが、大常木谷の出合近くに降りられる「切通し」の駐車場に車を止めて出発する。

尾根上のトレースを辿り、右側の急な尾根を下降する。初級者の沢のアプローチにしては初っ端から随分危険な下降路である。全体的に土の斜面で足を滑らせれば下まで滑落しそうだ。
朝一で頭がぼんやりしているので、気を抜かないように下る。 沢床まであとわずかな所で露岩帯に阻まれ、クライムダウンは厳しい。面倒だが懸垂下降をする。

やっと沢に降り立つが、周りは暗く陰惨な様相で不気味極まりない。ふと横の台地に石の人工物を発見・・。近づいて見てみると、それは石碑であった。いきなり鳥肌が立つが、確かにこのアプローチは滑落死する人がいてもおかしくない。ところどころ目印のテープが付いていたが、多分通常のラインではないのだろう。

最近雨天が続いていたせいで、沢は若干増水気味。降りた場所の近くに大常木谷の出合があるはずだが、それらしきものは見当たらず、上流も下流もゴルジュに塞がれる。
予想と違うが多分下流に下ればあるだろうと、最初のゴルジュを巻き、懸垂10mで沢床に降りる。すでに懸垂を2回し、「これが2級の沢のアプローチか?」と疑問が募る。間違っていたら戻るのが困難になるので、ロープを残したまま先を偵察。下流は一直線の廊下が続き、明らかにおかしい。出合は上流だったのか・・。はっきりしないまま懸垂で降りた地点を登り返し、元の位置に戻る。

出合にすら辿り着けず、既に気持ちは萎え気味。帰ろうかと思ったが、せっかくだからこの本流を遡行してみるつもりで上流へ向かう。
増水した廊下を恐る恐る通過して行くと、突然ゆったりとした森の渓相に変わった。「こう、これでしょ普通。2級の沢の雰囲気は。」と思ったところで大常木谷出合が現れた。

どうやら地図も読まず、尾根沿いのトレースを辿ったのがまずかったようだ。本来左に曲がる尾根を降りなければいけないのに、右の尾根を降りてしまった。
滑落する人がいるという事は、結構間違える人が多い場所なのではないだろうか。中途半端にテープがあるのが、またいやらしい。こんな目印が人の生死を左右することもあると思うとゾッとする。基本的にテープは不要だが、もし付けるとしても細心の注意を払うべきだろう。

大常木谷はそれほど増水しておらず、渓相も普通な感じ。と思いきや、格好良い「五間の滝8m」から側壁が発達し始め、「千苦ノ滝25m」が威厳ある姿で現れた。左岸から巻くが、ここも安易に一番大きなトレースを辿ったら尾根上まで上がらされ、若干大きく巻く羽目になった。
早川淵のゴルジュは岩肌が黒く、やたらに暗い「漆黒のゴルジュ」であった。悲壮感が漂う陰鬱さだが、こういったゴルジュは嫌いじゃない。単独のゴルジュ遡行に慣れているので、むしろ楽しんで遡行できる。
「不動の滝2段13m」は下段6mは右壁、上段7mは左壁を登る。上段は傾斜があるが、ホールドが豊富で登り易い。

御岳沢出合で、時刻は11時。最後まで詰めて、登山道の途中から竜喰谷へ下降する予定であったが、時間的に余裕がない。時間に追われるのは嫌なので、大常木林道を使って竜喰谷へショートカットすることにする。

会所小屋跡から右岸に付いているトレースを発見。これが大常木林道であろうか・・。林道というからにはそれなりの大きさを期待していたのだが、登山道とも言えないほどの大きさである。山腹斜面にずっと続くこの道は一ノ瀬川本流の方まで回りこんでいるのだろう。
狭い斜面の道をひたすら歩いているうちに大雨となる。ショートカットして良かったと思うと同時に、沢が相当増水していそうなことが気に掛かる。竜喰谷までこの道を回りこんでいては、時間が掛かり過ぎるので、途中から一ノ瀬川本流へ下降することにする。

人間の思い込みは恐ろしいもので、コンパスの角度がしっかり合わないのを疑問に思いながらも、「大体合ってるからまあいいか」で済ましてしまう。現在地が釈然としないまま、トレースもあるし大丈夫だろうと安易に尾根の下降を開始した。

ところが、本流まで続くはずの尾根はすぐに終わり、そのまま谷筋へと入って行く。明らかにおかしいが、それでもなお頭の中で地形図上のつじつまを合わせて、下降を続ける。
一ノ瀬川本流への合流は、懸垂下降になるかもしれないと覚悟していたが、普通に緩い滝のクライムダウンで合流できた。
増水が激しく、すぐ上には10m程の滝が大噴出している。さすが本流。沢筋の角度も予想していた場所と同じで、間違っていなかったことにホッとする。(本当は間違っていた。)

安心して、林道へ上がるための尾根に取り付く。トレースもばっちりで、疑う余地もない。
しかし、行けども行けども一向に林道は出てこず、もう少し上がれば着くだろうと、期待を繰り返しながら登り続ける。
登り出してから40分経過・・。さすがにおかしい。「一体ここはどこだ?」
ガスとヤブのせいで、周りを見渡すこともできない。ここに来て、完全に自分の位置を見失ったことを知る。視界の利かない山の中で、この後どうすればいいと言うのだ。

不安が一気に広がるが、落ち着いて地図を見直す。 今居る尾根の角度をきっちりと図り直し、間違え得る全てのパターンを想定してみる。「もしかして・・そういうことか!」。

何と下降地点は一ノ瀬川本流ではなく竜喰谷だったのだ。

そもそもの原因は、大常木林道が一ノ瀬川本流の方まで回り込んでいると、勘違いしていたことであった。それは実際には途中のコルを越えて、小さく回りこんでいたことになる。
コンパスの角度が正確には合わなかったのだが、大体で合ってしまっていたのも、思い込みに拍車を掛けた。今まで釈然としなかった謎が一気に解け、急いで尾根を駆け下る。

再び先ほどの10m滝を竜喰谷の遡行図と照らし合わせると、それは「曲り滝」であった。やっと現在地を特定でき、下山ルートを修正する。増水で濁流になっているとは言え、元は1級の沢。大した問題もなく、本当の一ノ瀬川本流に着いた。
本流は、先ほど納得した水流とは比較にならないほど増水していた。しかし、対岸に渡らなくては帰れない。唯一可能性のあるラインは、3m滝の上部を渡渉すること・・。もし失敗すれば、怒涛の勢いで水を落とす8m滝まで流されていくだろう。
迷うことなく一気に激流を飛び越え、対岸に渡る。スリリングな一日を締めくくるのにふさわしい最後であった。

今回の遡行はいろいろと勉強させられた。地図読みを怠るとどういうことになるかを改めて思い知らされたし、思い込みの恐ろしさも実感した。簡単な沢だと思って舐めていたのかもしれない。自然は変化するし、簡単な沢でも一度増水すれば、手も足も出ない状況にだって成り得る。
あらかじめ入渓点や大常木林道のルートを調べておけばこんな事もなかっただろうが、これから難しい沢へ挑戦するに当たって早い段階で気持ちの切り替えができて良かった。

沢自体の内容も素晴らしかった。正直あまり期待していなかったが、予想以上に変化に富んだ楽しい内容で、この山域の沢にまた来ようと思わせてくれる一本であったのは間違いない。

 

一之瀬川本流1
≪ 一之瀬川本流1 ≫
入渓地点から下流。
暗いゴルジュを左岸から巻く。
一之瀬川本流2
≪ 一之瀬川本流2 ≫
左岸を懸垂下降で降りる。
帰りは同じ所を登り返した。
一之瀬川本流3
≪ 一之瀬川本流3 ≫
入渓地点から上流。
ミニ廊下が続く。
一之瀬川本流4
≪ 一之瀬川本流4 ≫
最近の雨のせいで水量が多い。
左岸から越える。
五間ノ滝8m
≪ 五間ノ滝8m ≫
大常谷最初の格好良い滝。
右から簡単に登れる。
緑の側壁
≪ 緑の側壁 ≫
綺麗な一枚岩で印象的。
千苦ノ滝25m
≪ 千苦ノ滝25m ≫
端正で美しい滝。
スケールも素晴らしい。
早川淵ゴルジュ1
≪ 早川淵ゴルジュ1 ≫
漆黒のゴルジュが続く。
岩が黒いのでなおさら暗い。
早川淵ゴルジュ2
≪ 早川淵ゴルジュ2 ≫
悲壮感漂うV字廊下。
ムード抜群。
早川淵ゴルジュ3
≪ 早川淵ゴルジュ3 ≫
何か居そうな暗い瀞。
不動の滝2段13m
≪ 不動の滝2段13m ≫
下段は右壁を登る。
不動の滝上段7m
≪ 不動の滝上段7m ≫
左壁を登る。
見た目ほど難しくはない。
明るい渓相
≪ 明るい渓相 ≫
森の沢らしい雰囲気となる。
下駄小屋ノ滝12m
≪ 下駄小屋ノ滝12m ≫
竜喰谷の下降途中。
増水して迫力満点。
荒れ狂う流れ
≪ 荒れ狂う流れ ≫
こんな状態では下降も
スリル満点だ。
5m滝
≪ 5m滝 ≫
左岸水流中をシャワーダウン。
一ノ瀬川本流出合
≪ 一ノ瀬川本流出合 ≫
やはり本流の増水は凄まじい。
滝の右脇を登って対岸に渡る。
出合すぐ下の8m滝
≪ 出合すぐ下の8m滝 ≫
激流が溝に吸い込まれて行く。

【 遡行データ 】

  • 対象 : 奥秩父 一ノ瀬川支流 「大常木谷」
  • 行程 : 「大常木谷」遡行~「竜喰谷」下降
  • 日程 : 2009/7/30 日帰り
  • 形態 : 単独
  • ギア : 三道具、スリング、6mm20mロープ
  • コースタイム :
  • 7/30  切通しP(6:35)-大常木谷出合(8:25~8:35)-千苦の滝上(9:35~9:40)-モミジ沢出合(10:15)-御岳沢出合(10:40~11:05)-大常木林道(11:20)-竜喰谷出合(13:00)-引き返し(13:40)-竜喰谷出合(14:00)-一ノ瀬川本流出合(14:45~14:55)-切通しP(15:25)

 

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