日本屈指のゴルジュを持つ五十沢川本流。長大で困難なこの沢をもし単独で完全遡行できたとしたら、どれだけ素晴らしい達成感を得られることか・・。そんな目的を果たすべく、敢えて下部ゴルジュからスタートすることにした。
林道途中の適当なところから入渓し、巨岩帯から下部ゴルジュ帯へと入る。中部ゴルジュ帯との境にある取水堰堤に水を取られているため、水量が少なく水の流れが弱い。
「不動滝15m」を巻き、下部ゴルジュの核心「夫婦滝12m」へと辿り着く。深く巨大な釜を持つCS滝で、滝身の直登は不可。左岸手前の岩壁を一部人工を交えて登り、トラバースして落ち口に立つ。記憶に定かでないが、確か中間支点用にリングボルトを1~2本打ったと思う。
滝上にも大釜があり、その先は狭いゴルジュとなる。しかし流れはほとんどなく水は茶色く汚い。深く入り組んだゴルジュの通過は、本来の水量であれば極めて困難になることが予想されるが、今や残念なくらい簡単に通過できてしまう。せっかくのゴルジュの威厳も、水が涸れれば台無しである。
そんな状況もあり、早々に取水堰堤に到着することができた。これより先は水量が復活し、五十沢川もいよいよ本領発揮。
先に進むには微妙な時間なので本日は堰堤上でビバークとする。ツェルトを張り、一応先を偵察しておく。最初の滝の突破はかなりの泳ぎを要求されそうだ。
そうこうしている内に突然空が暗くなり、あっという間に雷雨となる。ものの15分で水位が5m以上も上昇。両岸のスラブ壁では至る所が巨大な滝となり、龍の如く荒れ狂う。
つい先程まで全く水の流れていなかった堰堤が、今や濁流に飲み込まれ、凄まじい水量を落としている。とても同じ場所だとは思えない。あまりの勢いに堰堤が壊されるのではないかと思い、大雨の最中に幕場を移動せざるを得なかった。
自然の恐ろしさをまざまざと見せ付けられ、明日の遡行への不安が募る。今までの経験上、この時期のこの山域は大抵午後の早い時間に雷雨に見舞われる。ゴルジュ遡行において急な増水は致命的。ゴルジュ内にいる間に、もし同じような状況になったら絶対逃げられない。
次の日の朝を向かえ、まず真っ先に水量を確認する。なんと昨日の大増水が嘘のように水が引いている。さすがスラブの沢、増水も早いが引くのも早い。しかし通常よりは明らかに多く、厳しい遡行を強いられそうだ。
とりあえず最初の滝を突破すべく泳ぎを開始するが、見た目以上の水勢に滝に近づくのさえ難しい。気持ち的にも弱気になっていたので、悔しいが早い段階で撤退を決める。
次回こそは必ず遡行すると心に誓い、中部ゴルジュ帯を後にするのであった。
(2009年7月記)