日本屈指の名渓と名高い兵衛谷。果たしてどんな景観を見せてくれるのだろうか・・。
9月9日(晴)
厳立の駐車場に車を置き、正面の椹谷を左に下って濁河川本流に入る。やはり大渓流だけあって水量は多い。
水の色は河床の苔で黒み掛かって見える。淵で数回泳がされつつゴーロを進むと、大きな釜を持つ4m滝が現れる。
高さの割に迫力があり、谷の規模が普通の沢とは明らかに違う。
右から越え、ゴルジュへと入る。最初の関門である2段3m滝は、釜が深く、白い側壁が美しい。
右岸バンドをトラバースし、最後は残置スリングを使って落ち口へ渡る。
しばらく平凡な河原が続くが、次第に側壁が高まり、ゴルジュの奥に「曲滝」20mが姿を現す。岩壁に囲まれた立派な滝で、右岸から巻く。
細いゴルジュ内を水路のように流れる2mトイ状滝は、左岸をへつり、滝の中間部にクライムダウンして越える。古い残置ロープがあるが、ホールドがしっかりあるので、必要性はない。
その先で岩質がガラリと変わり、玄武岩のゴルジュとなる。側壁は黒くボコボコした亀甲状で、水の色と相まって美しい。入口の瀞を泳いでゴルジュに突入。
次々と出てくる瀞をへつっていく。磨かれた岩に付いた茶色の苔が異常にヌメり、油断するとあっという間に釜に滑り落とされる。2回ほどドボンを食らい、むかつき半分、楽しさ半分で通過。
門のようなゴルジュは、3m滝を前衛に、奥には20m滝が控える。自然の円形劇場を形作り、原始の自然を髣髴とさせる場所だ。
直登はできず、3m滝手前の左岸から巻く。途中に岩のトンネルを出てきて、興味深い。
落ち口は居心地の良い一枚岩で、先ほどの円形劇場を、今度は上から見下ろしながら休憩を取る。
玄武岩ゴルジュを越えると、下流部のハイライト「魔法の釜」が現れる。
岩の堤防に囲まれ、出口のない釜・・。滝から激しく落下した水流は、わずかな円の中だけに押し留められ、岩を隔てた1m先は完全な静寂が保たれている。
実際には底のどこかで水流が抜けているのだろうが、何とも不思議な地形である。
そうそうお目に掛かれるものではなく、釜の縁を行ったりきたりして写真を取っている内に、足を滑らせて釜に落ちそうになる。
よくよく見てみると、落ちたら上がるのが大変そうだ。出口のない釜に落ちて、上がれずに溺死。なんてのは洒落にならない。余計なことに気が付いてしまったので、上部のナメ滝を登るのが少し慎重になった。
取水堰堤を越え、下流部を終える。時刻は13時。ここまでは快調なペースだ。
堰堤から先は、本来の水量が復活。かなりの水量で単なるゴーロ歩きも楽ではない。
美しいナメや小滝を越えていくと、はるか前方に豪瀑の「吹上滝」20mが見えてくる。
遠目にもすごさが伝わるほどだが、近づくとやはり凄まじい。圧倒的な水量を誇る滝である。
右岸のガレたルンゼを木登りで上がって巻く。浮石が多くパーティーの場合は落石が心配になる巻きだろう。難しくはない。
次の20m滝も同様のスケールを誇り、感動は尽きない。
左岸のガレルンゼから巻く。踏跡がしっかりしているが、高度があるので体力的に疲れる。上部の滝を2つほどまとめて巻き、沢床に降り立つ。
4m滝を右から越え、端正な10m滝。スパッと切れた断面を、すだれ状に水が流れ落ちる。
まさに美滝のオンパレード。まだ中間部だが、既に名渓の由縁をひしひしと感じる。
左岸ヤブ斜面を登って巻きに入る。踏跡を辿ってトラバース。悪い泥ルンゼに誘導され、無理矢理下降する。
と、何か見覚えのある滝が・・。
まさか!と思ったが見間違いではない。さっき見たばかりの10m滝である。
なんと、元の滝に戻ってしまった・・。
確かに後々考えれば、大した距離もトラバースせずに下降に入ったので、巻けていないのは当然のことである。
何たるミス。疲れが思考を鈍らせるのを、こんなところで実感してしまった。
自分への憤りで、猛ダッシュして再び巻き上がる。今度はしっかりとトラバースして上部に出る。
順調に来ていただけに、このタイムロスが余計腹立たしい。まあいい戒めになったから良しとするか・・。
時刻は16時。もう少し進んでおきたかったが、良いテン場(C1360辺り)を発見したので、本日は終了とする。釣りをして岩魚2匹ゲット。
焚き火をしようと試みるも、薪が湿っていて、大きな火は起こせず終い。夜はシュラフカバーだけでは寒くて眠れなかった。
9月10日(晴)
日が昇るのを待ち、6時に出発。できれば今日中に下山したい。朝一から快調に飛ばす。
所々でナメが出てくるが、昨日までとは打って変わって、黄色っぽい色をしている。5m柱状節理の滝を、右から小さく巻くと、突然目の前に変な物体が・・。
「龍門滝」7mである。龍の首のごとく、ブロック状の石柱が滝の上部を渡っている。兵衛谷はこんなものまで出てくるのか・・。次から次へと現れる自然造形の妙に、小さな既成概念はどんどん塗り替えられていく。
この滝を越えるには、左岸を巻いて龍の首を右岸に渡るか、釜を泳いで滝の右を直登するかのどちらかだ。
龍の首渡りに惹かれたが、時間を優先して直登を選ぶ。右壁に取り付くのに一瞬だけ泳ぐが、後は問題ない。
続く15m滝は、右岸側壁の柱状節理の模様が印象的である。ここは右岸から巻く。
ルンゼを登っていくと、突き当りでチョックストーンに遮られる。左のボロ壁から越えるしかない。
浮石が多く、慎重さが要求される登攀である。それほど難しくはないが、不確定要素がある分、やはり緊張する。
下りは、踏跡伝いで簡単に沢床へ降りられた。
すぐ上には15mほどのナメ滝。左壁を登る。
上部は美しいナメや小滝が続き、材木滝15mまで達する。材木滝もご他聞にもれず、美しい滝である。
御嶽青年の家から遊歩道がここまで降りてきているため、一旦この遊歩道を上がり、材木滝の高度を越えた辺りで、踏跡伝いに滝頭に出る。
続く7m、6mの2段の滝は、直登も可能なようだが、ヌメっているので左岸から小さく巻く。再び合流した遊歩道の橋を一旦左岸に渡って沢に戻る。
ここから先は、日本庭園のような渓相となる。
美しい瀞やナメに、原生林と苔の緑がよく映える。へつるも良し、泳ぐも良し、巻くも良し、自分の登りたい方法で楽しく登って行ける。
尺ナンゾ谷との二俣からシン谷に入ると、「パノラマ滝」40mが巨大な姿で現れる。
水量は幾分減ったが、スケールの大きさはやはり半端ではなく、左岸の支沢滝と共に、特殊な空間を作り出している。温泉の成分による白い石灰華が特徴的だ。
右岸の踏跡から巻く。FIXロープが上まで続き、高度感のある場所も安心して通過できるが、慣れた人には少々おせっかいである。
3段20m滝は右からシャワークライム。幅広の白い10mナメ滝は中央を登る。この辺りは水質が変化し、水が青白い。ナメも白く、昨日までと同じ沢とは思えない。
そしてまたもや巨大な滝、「百間滝」50m。左岸から上の台地まで出て、大きく巻く。
15m滝は右岸草付から巻く。易しい巻きだがアザミとバラのダブルトゲ地獄は不快極まりない。
谷は大きく開け、荒涼としたゴーロ帯となる。水も伏流し、暑さが厳しい。足早に上がっていくと、再び側壁が立ち上がり、ゴルジュとなる。
入口には10m滝。水流は壁を濡らす程度。直登は無理なので左岸から巻きに入る。比較的小さく巻くことができた。
そして再びゴーロ歩き。兵衛谷は滝との間が結構あるのだが、ほどほどの間隔なので飽きなくてよい。
伏流していた水も復活し、いよいよ最後の大滝「神津の滝」50mが迫る。天から降ってくるかのような滝で、両岸の高い崩壊壁は落石が恐ろしい。
かなり手前のヤブから巻くのが安全に見えるが、戻るのも面倒なので、右のガレ場から巻くことにする。
壁の突き当たりまで上がり、トラバースしてヤブへ。不安定な乗っ越しムーブがあるが、ヤブに入ってしまえば後は簡単。この滝を巻く最短ルートであろう。
ここまで来てもまだゴルジュが現れ、12m滝が入口を塞ぐ。一見登れなさそうだが、近寄ってみると何てことはない。その上の滝と共に直登できた。
5m滝を左岸から巻くと、いよいよ源頭は近い。完全な地獄谷と化したシン谷は、もはや稜線まで見渡せるほどに開けている。
広大なガレを詰め、最後の10m滝を左から越えると、一気に視界が広がった。高山植物に覆われた美しい緑の台地が、賽の河原まで続いている。
穏やかな水の流れと暖かな陽射しが心地良い。まさに地獄から天国へ上がった気分である。
下山は五の池小屋を経て、濁河温泉へ。
「湯の谷荘」で宿泊し、次の日に厳立の駐車場まで送ってもらう。(送迎は12000円で宿泊の場合のみ。もしタクシーを呼んだとしてもそれ位はかかる。)
燃油代高騰により9月のバスの運行が無くなってしまった濁河温泉であるが、こういう旅館があったのは非常にありがたかった。温泉で疲れを癒すこともできたので、旅館の主人には改めて感謝をしたい。
兵衛谷は、本当の名渓とは何たるかを、大いに感じさせてくれる谷であった。
水・岩・滝の多彩な渓相の変化と、谷の随所から発せられる大自然のパワーは、活きている火山ならではのものだろう。
「火山の沢には、常識を覆す何かがある!」
そう感じずにはいられない。
切に願う、このような名渓に再び廻り合えることを・・。
朝一から泳がされる。
白い岩質が映える。
最初に現れる滝。
立派な釜を持つ。
最初の関門。
側壁トラバースで越える。
黒い岩壁に囲まれ迫力がある。
小さい滝だが少々厄介。
右壁を微妙なトラバースで越える。
岩質がガラリと変わる。
泳いで突破する。
自然の円形劇場に佇む滝。
光が差し込み美しい。
まるで庭園のようだ。
自然の造形の妙。まさに「魔法の釜」。
こんな滝は見たことがない。
激しく滝が落ちているのに、その先
では流れが完全に止まっている。
取水堰堤を越え、水量アップ。
沢床の色がよく変化する谷だ。
≪ 絵画のような滝 ≫
この谷はこんなビジュアル系
の滝ばかり。
物凄い水量を誇る。
まさに豪瀑。
これでもかと言わんばかりに
迫力ある滝が出てくる。
美し過ぎる・・。遡行半ばにして
充分満足。
「魔法の釜」に続き、「何だこれは!?」
シリーズ第二弾。龍の首の如く
石柱が橋を形成している。
左壁の扇状柱状節理が印象的。
この谷にはどれだけ見せ場
があるのだろうか・・。
左岸のケーブが大昔の噴火による
溶岩の流れを物語っている。
ツルりと滑らかな小滝。
白い石灰華が美しい。
左岸の支沢滝と合わせて
横に広い景観を持つ。
水質が変わり、水が青白い。
中央を登る。
光のコントラストが素晴らしい。
巨大な壁となって行く手を阻む。
左岸から大きく巻く。
明るい滝。
巻きはトゲトゲしい。
高い側壁を持ち、入口には
弱点のない10m滝が構える。
左岸から最小限で巻く。
最後の大物。
格好良いの一言。
一見通過は困難に見えるが
中の滝はどれも登れる。
荒々しいブロックと緑の苔が
ミスマッチした滝。
最後まで見所が尽きない。
壮大な眺めが広がる。
地獄谷を抜けると、上には
楽園が広がっていた。
駐車場にて。