展望台に車を止め、少し手前の尾根から本流に下降する。遊歩道があるはずだが、実際にはそう認識できるほどの道はない。
本流に入ってまもなく、F1(20m)。底の見えない深緑の釜が荒々しく波立っている。この滝を直登するには泳いで左壁に取り付くしかないが、いきなり勇気を試されるところだ。
たじろぎながらも意を決して泳ぎ出すが、途中で予想外のハプニング。通常なら水面上に顔を出していられるはずが、いくら泳いでも体が上がらず、どんどん水面下に引き込まれていく。
よく考えれば、日帰り装備のザックの中身は登攀具ばかりで、浮力体になるものが入っていない。重石を背負って泳いでいるようなものである。
水を飲まされ溺れかけの状態になりながらも、とっさに岩に張り付いて窮地を脱する。
地味に危うい場面に心身ともに冷え切ったが、ここまで来たらもう後には引けない。岩陰のテラスでラバーソールに履き替え、F1の登攀を開始する。
1P目:30m(Ⅳ+)
滝身に取り付くためには5mほどへつらなくてはならないが、ヌルヌルの苔が岩の表面を覆い、異常なまでによく滑る。
最初に上側のトラバースラインを選ぶが、あまりのヌメりに一歩が出ず、水面沿いを進む下側のラインに変更。
ハングのトラバースで滝身に取り付き、一箇所デリケートなムーブをこなして中間部のテラスに上がる。
2P目:20m(Ⅲ+)
数m上のバンドまで登り、水流に向かって右にトラバース。カンテを回りこんでスラブを左上、落ち口に出る。
滝上は開けており、清清しい陽光が差し込んでいる。下の陰惨な空間と比べればまるで天国のようだ。
次のF2(15m)に取り付くためには、F1の落ち口を左岸に渡る必要があるが、もし渡渉中に足を滑らせれば、確実にF1から放り出されることになる。
ラバーソールではリスクが高いため、タビに履き替えるが、それでも最後の水流を跳び渡る部分には緊張させられた。
3P目:30m(Ⅲ)
F2右壁の段々スラブを登る。特に問題になるようなポイントはなく、容易な登攀。
4P目:30m(Ⅲ+)
F3(5m)とF4(2m)を繋ぐ右壁を登り、F5(60m)下の大空間に出る。
F5は右壁が登攀ラインとなるが、磨かれた釜の側壁には取り付けず、左岸を巻いて釜上の大テラスから取り付くしかない。側壁を少し登ったところでピッチを切る。
5P目:20m(Ⅲ+)
草付混じりのルンゼから踏跡に出たところでいったんロープをしまい、大テラスへ歩いて下降。
6P目:20m(Ⅴ+)
いよいよ不動七重のメイン、F5に取り付く。水流沿いの凹角が弱点に見えるが、シャワークライムするには水量が多過ぎる。
水流から離れた右の垂壁にラインを求めるが、これが非常に悪く、ただならぬ苦戦を強いられることになった。
正味10m登れば潅木帯に入れるのだが、上部に行くほど難しくなる上に中間支点がまともに取れない。4m地点と6m地点におまじない程度のハーケンを打ち、じりじりと登り進んでいくが、落ちればほぼ確実にグランドフォール。
黒くヌメった岩が不確定要素を高め、少しでもバランスを崩せば一瞬で体を持っていかれそうだ。しかも上がれば上がるほどホールドが悪くなり、肉体的にも精神的にも追い詰められていく。
それでも何とか最後のパートまで進むが、とどめに要求されたのは、滑りやすいホールドでの超ハイステップムーブ。しかも一度ムーブを起こしたら後戻りできない。
とてもこんな状況下でやるようなムーブではなく、別のラインを考えるが、周囲を見渡す限りここ以上の弱点は見当たらない。
登れなければ敗退になると思うと、すぐには諦めきれなかった。
幸いにも何度か行きつ戻りつを繰り返すうちに、少し壁に馴染んできたようで、何となく行けるような気がしてきた。おそらくこれが地面から数mの地点にあったなら、ほぼ確実にできるムーブのはず。
恐怖心がパフォーマンスを低下させ、失敗の確率を高めるのは分かっている。問題はそれをコントロールできるかどうか。とにかく余計なことを考えず、ムーブに専念することにした。
集中力を高め、一気にムーブを起こす。いつ弾かれるか分からない右手は、最後までその場を離れずにいてくれた。左手で上の草付をつかみ、ようやく安堵の世界に解き放たれる。
気付けば一時間以上壁に張り付いていたようだ。集中していたせいか時間が経つのが早い。
7P目:25m(Ⅴ)
潅木帯を出て左の凹角を登る。先ほどの登攀に比べれば快適そのもの。このピッチから残置ボルトが現れ始める。
何も考えずに安易に使ってしまったが、よくよく考えれば他に支点を取れる場所があるので、全く必要性のないものだった。
8P目:40m(Ⅳ+・A0)
引き続き凹角登攀となるが、クラックの左右に残置ボルトが連打されている。
フリーでは登れないポイントではあるが、いくらなんでもという感じだ。釈然としなかったが、ここも安易にボルトのA0で登ってしまった。
凹角を抜けると、上部はホールドの豊富なスラブとなる。ハーケンを打てるリスがたくさんあるにも関わらず、相変わらず残置ボルトが随所に見られ、まるでゲレンデ状態。
冒険的な気分にすっかり水を差されてF5の登攀を終える。
9P目:35m(Ⅴ)
核心のF5を終えたとはいえ、まだその上には滝が続いている。巨大な釜を持ったF6(2段12m・下8m+上4m)の斜滝は釜を泳いで取り付くしかない。
F1の釜での教訓を生かして今回は空身で泳ぎ、右壁スラブに取り付いた後にザックを回収。
易しそうなのでフリーソロで登っていくが、徐々に傾斜が強まり、上部はザックを背負ったままでは厳しくなる。
支点が取れず、仕方なく核心手前に打たれた一本の残置ハンガーボルトをアンカーにしてロープを出す。(ハンガーボルトは過剰だと思うが、このような支点の取れない場所ならば、最小限でボルトを使うことも納得できる。)
シビアなバランスクライムで核心を越え、潅木帯へ。
10P目:20m(Ⅲ+)
F6の上にはF7(12m)が続くが、磨かれた側壁に囲まれ、見るからに直登不能。そのまま巻きに入る。
頭上を岩壁に遮られたところで左にトラバース。藪とスラブのバンドを伝い、樹林帯に抜ける。
ここまでで不動七重ノ滝は終了。2m滝の釜を泳ぎ、3m滝の左岸をへつって、右岸の林道に上がる。
最後まで体は濡れきっていて、夕方の寒さが身にしみた。
不動七重ノ滝は想像以上に厳しい登攀を強いられたが、7P目以降のボルトの存在がこの滝の登攀の質を大きく下げていたように思う。
どうしてもボルトに頼らざるを得ないこともあるが、それは必要最低限であるべきで、ただ自分の技術のなさを補うために使うものではない。
不必要なボルトの存在が、本来素晴らしい冒険性を秘めた登攀を、何とも味気のないものにしてしまう。
今となっては安易に残置を使ってしまったことが悔やまれる。素晴らしい対象だっただけに、もっと冒険的なスタイルで登攀を続けるべきだった。
最初の難関。
ここでまず気持ちの強さが試される。
この波立つ釜に入っていくのは
それなりに度胸がいる。
怒涛の落水。
荒れ狂う釜。
ヌメりが登攀の難度を上げている。
バンドからカンテを回り込む。
登攀は右のスラブ壁。
虹が掛かり、美しい。
大水量を落とす巨大な滝。
絶え間ない落水が織り成す
白い芸術。
遠目には傾斜がきつく見えるが…。
中間バンドから。
ヌメった岩をプアピンでランナウト。
落ちられない恐怖の登攀。
上に行くほど悪くなる壁。
核心は最上部。
オールフリーで登る。
乾いた岩は快適だ。
素晴らしいロケーションだが、
過剰な残置物に気分を削がれる。
釜を泳いで右壁に取り付く。
綺麗な円形を描く釜。登攀ライン上部は
ホールドの乏しいスラブとなる。
直登のラインは見出せず
左岸から巻いた。
林道から見えるF2とF5。